AI時代だからこそ、ハードウェアの価値は飛躍する。三菱電機が描く、事業の価値を最大化するAX構想

業務効率化のその先、価値創造へのAI活用の壁。
多くの企業がAI活用に取り組む一方、「新しい価値創造」や「収益構造の変革」にまでAIを生かしている企業はまだわずか。まさに、挑戦の道中にある。
三菱電機は2030年に向けた新中期経営戦略において、デジタル基盤「Serendie®(セレンディ)」を成長戦略の中核に据え、"もの"起点の価値創造を継続的に進化させる循環型モデルへの変革を進めている。ハードウェアのリーディング企業が、AIを軸に事業モデル、ひいてはコアとなるハードウェアの価値そのものの進化に挑む。
その渦中で、社内に散在していたAI活動を束ね、AIネイティブな組織づくりを進めてきたのが、AXイノベーションセンターの田中昭二氏だ。
生成AI登場から3年。三菱電機の全社変革のあゆみと、価値創造の源泉である"もの"を中心に据えたAXの思想を伺った。
「乗り遅れは経営危機」全社AI活動の束ね直しへ
──2024年2月に全社AI戦略プロジェクトを立ち上げたと伺いました。当時、社内はどのような状況だったのでしょうか。
2022年11月にChatGPTが登場してから、AIの普及速度が飛躍的に上がりました。三菱電機でも以前から機械学習やディープラーニングの技術開発に取り組んでいましたが、製品向けの開発は熟成に時間をかけるものが多く、生成AIのように誰もが使えて進化スピードも速い技術には、既存の開発サイクルでは対応しきれない面がありました。
一方、社内では各事業本部がそれぞれ独自にAI活用を進めている状況。情報や知見が分断されており、全体最適の観点で課題がありました。当時から、生成AIはインターネットの登場と同じか、それ以上に産業構造を変えるインパクトがあり、しかも普及のスピードもきわめて速いと言われていました。「ここで遅れることこそ経営危機だ」という強い危機感が生まれ、AI戦略プロジェクトグループが発足。2026年に、全社のAI活用を束ねるためにAIに関するCoE組織として「AXイノベーションセンター」を新たに設立しました。
──全社を横断する推進機関として、どのような思想を持って動いていますか。
基本は「お客様や社会の課題を解決していく」ことに尽きます。技術はあくまで手段。まず課題起点で「どこにバリューを出せるか」を考え、そこにAIという道具が最適解としてハマるかを検討する。逆から言えば、これまで解決できなかった課題が、AIによって解決できるようになる可能性を模索する、というスタンスです。「AIで何かやろう」ではなく、「この課題を解くのに、いまはAIが最適だ」から入るというイメージです。順番が逆になると、活動は必ず空回りすると感じています。
──とはいえ、当時、生成AIの経営への組み込み方について、明確な答えを持っている企業はほとんどありませんでした。
もちろん、私たちも手探りで進めるしかありませんでした。生成AIという技術がどのスピードで進化するのか、誰にも予測できない。今の状況から次はこうなるだろうと予測しながら進めて、想定と違えば修正する。その繰り返ししかないと思います。この姿勢は今も変わりません。

AIは魔法か?期待値のギャップを正しく解く
──具体的に「現場の業務の変革」という点で、変化が見えてきている領域があれば教えてくださ
い。
一つは、経営企画領域です。従来、データ収集・分析から調査・戦略立案までにものすごい工数をかけていた領域に、AIが大きく寄与しています。7割はAIに任せ、3割は人間が深く思考するスタイルで、短期間で質の高いアウトプットが出せるようになってきました。時代の変化に経営企画が即応できる体制が整いつつあります。
もう一つ、顧客対応の場面でも活用が広がっています。事前にお客様の情報と当社の情報を掛け合わせて、AIに提案の仮説を立てさせる。さらにノーコードと組み合わせて、商談中にお客様の要件を伺いながら、その場でデモを作ってお見せするような使い方も進んでいます。「持ち帰って検討します」ではなく、その場で価値を体感していただける。この体験の変化は大きいと感じています。
──新設された横断組織として、社内に散在する取り組みを束ね直し、新たに推進する。実際には非常に難しいミッションだったのではないでしょうか。
もともとAI戦略プロジェクトが立ち上がる前から、社内向けチャットボットの開発が進んでいたり、設計・製造の領域では、RAG(検索拡張生成)で社内のドメイン知識を探索する仕組みが運用されていたり、活動の立ち上がり自体は早かったと思います。
課題は、それぞれが個別最適の活動に留まっており、全社的な戦略として機能していない、だから正しく発展させられない、という点でした。だからこそ、まずは「AIを事業にどう活用するのか」という大上段の戦略を持たなければならない、と考え、センターとしての活動の中心を個人の業務効率化推進から組織の業務改革、そしてBPRのような形へと、徐々に方向性を定めていきました。
──当初の現場の反応はどうでしたか?
事業本部からは「AIで100%の精度は担保できるのか」という問いをもらっていました。品質を第一とする組織として、当然気にするべきことです。とはいえ、AIは確率論的に動くもの。この認識が正しくすり合い、現実的な検討ができるようになるまでは、実装はスピーディーには進みませんでしたね。
──現場の業務にAIを実装していく上で、一番の壁はなんでしたか。

AIへの期待値を、現実に合わせていくことです。社内の受け止めは、大きく二つに分かれていました。一つは「どうせAIなんて」と慎重に見る層、もう一つは「AIならなんでもできる」と魔法のように考えている層です。そのどちらであっても、実際にAIを触ると理想とのギャップを感じ、積極的に使いたくなくなってしまいます。現場の業務にAIを実装していくためには、両者の認識をそれぞれ現実解に近づける必要がありました。さらに難しいのは、現実解のライン自体は、AIの進化により日ごとに変わっていくこと。この「現実に照準を合わせ続ける」営みそのものが、実は最も難しいのではないでしょうか。
このような背景がある中で、いきなり個々の組織に「AI活用」というミッションを渡しても、うまく機能しないのは当然です。勉強会やエンジニア育成プログラムなど、地道なリテラシー向上の取り組みも行ってきました。
一方で、AXイノベーションセンターのトップであるCDO自ら「『まだ大丈夫だろう』はもう通用しない」と、AXへの本気度を経営の立場から発信し続けています。トップダウンの動きがあるからこそ、ボトムアップのAI活用が全社の戦略に接続してくる。両輪で動かしていくことが必須だと思います。
1社単独では進めないからこそ、共創も戦略的に設計する
──全社AXの推進において、潮目が変わったタイミングはありましたか。
間違いなく、ターニングポイントは「エージェンティックAI」の登場です。単にLLMで勝負するのではなく、確実に仕事をこなせるツールや、脳の役割を担う仕組み、スキルとなるノウハウを与えることで、AIが自律的に動くようになった。それによって現場の受け止め方が大きく変わりました。動きの速い企業がその流れを捉えて次々と新機能を投入してくる中で、自分たちもここに追いつかなければならない、と肌感覚として実感しやすくなったのだと思います。私たちが事業本部を引っ張るというよりは、事業本部側から自発的に取り組みが広がる、そんなフェーズに入ってきました。
──急速な変化の中、ベンチマークとして意識していたAX事例や組織デザインはあったのでしょうか?
正直に言えば、明確なベンチマークはありません。他社の取り組みももちろん参考にしていますが、そもそも各社の社会に対するミッションもバリューも違うので、そのままで使えることは多くないように思います。私たちの場合、情報は集めつつも、自社の中で試行錯誤を重ねてきましたし、今の形もまだ完成形ではありません。

──一方で、スタートアップをはじめ外部パートナーとの連携には非常に積極的に取り組まれています。
例えば、東大発ヘルスケアAIベンチャーのmediLabと共同開発した「AnyCompass」は、搭載されたAIアシスタントが薬剤師の業務を支援する、薬局向けクラウドサービスを提供しています。
全社横断での変革推進をミッションとする組織の役割は、技術領域だけでなく、啓蒙活動、外部パートナーとの事業推進、オープンイノベーションの仕組みづくりまで、フェーズによって変わっていきます。そして、AXという領域は、もはや一社で完結できる世界ではなくなり、共創による進化が前提になっています。
だからこそ、我々が本当にコアとして手放してはいけないものは何か、外の力で補うべきものは何か、その線引きを絶えず問い直すことが重要だと思います。自社にないものを単に補完するだけなのか?パートナーシップまで踏み込んだ「手の内化」をねらうのか?中長期を見据えた上で、戦略的に外部との共創を設計することも、AX推進の要だと思います。
"もの"を捨てないAI変革。Serendie®とフィジカルAIが描くループ
──三菱電機はデジタル基盤「Serendie®」を掲げていますが、これはAIとどのようにつながっていくのでしょうか。
三菱電機のDXは"もの→コト"なんです。"もの"を捨てるのではなく、"もの"から始まる良い循環を回すことが、我々の目指す姿です。一度売ると"もの"は進化せず古くなるだけという売り切りの構造を変え、出荷した後でも進化して価値を提供し続ける。その循環の軸となるのが、デジタル基盤「Serendie®」です。"もの"や保守・サービスから得られるデータを「Serendie®」に蓄積し、現場ナレッジをAI等の最先端技術と掛け合わせることで、付加価値の高いソリューションの創出を目指します。
例えば、2025 年 2 月にリリースした受配電設備向けスマート保安サービスは、データ活用とAIの掛け合わせによって、故障の予兆検知から現場作業員の作業補助までを行うことで、「点検周期の延長」「AI・デジタル技術の支援による技術者不足の解消」といった経営インパクトを実現できるソリューションです。

──加えて、今後は「フィジカルAI」にも注力していく構えですね。
当社の大部分は、フルデジタルの世界ではなく、インフラ、工場、ビルといった現実のフィジカルワールドでのビジネスです。フィジカルの世界は不確実性が高く、デジタルツインでシミュレーションをしても、現場のノイズや偏差で想定通りに動かないことが少なくありません。だからこそ、我々の強みである「ハードウェア」と「現場の暗黙知」を活かした、現場で適応的かつ安全に動くAIが必要になってきます。労働人口が減っていく中で、ロボットはもちろん、エアコンなどのあらゆる機器が分散的に協調制御し合う世界を作っていく。ここは我々が最もインパクトを出せる領域だと考えています。
AIがあれば、“もの”が進化し続ける仕組みを実現できる
──田中さんご自身が、AXを推進するリーダーとして最も意識されている素養は何でしょうか。
1番は「変化への耐性」でしょうか。とにかく、あらゆる状況が突然変わるのがAIという領域だと思っています。やもすると「昨日言ったことと変わっているじゃないか」と突っ込まれることもあるくらい(笑)。ですから、過去の自分の発言に固執せず、毎日正しく情報をキャッチアップしながら、柔軟に方針を転換していく姿勢がないと務まらないと思います。

──最後に、三菱電機として目指す未来像を聞かせてください。
中長期的には、わざわざ「AIで〜」と口にしなくなるくらい、AIが当たり前の世界がやってくると考えています。空気のような存在になる、ということですね。その「AIが当たり前になった世界」は、私たち人間がやることの価値が常に問われ続ける世界だと思います。AIとどのように役割分担し、共生し、その上で人間だからできる価値は何なのか。
今は、その世界に向かうマインドセットという意味でも、AI活用を「当たり前の状態」に持っていくための活動を地道に進めています。当社はハードウェア中心のかたい会社というイメージを持たれがちですが、挑戦を楽しむ風土に変わってきています。この共創空間「Serendie Street Yokohama」もその象徴です。

とはいえ、私たちのコアはあくまで"もの"です。製品を出荷して終わりではなく、デジタルでつながり、データを収集して進化させ続けるループを早め、価値を最大化する原動力、それがAIだと考えています。単なるハードウェアはコモディティ化する時代だからこそ、それがデジタルの世界で継続的に進化し価値を提供し続ける仕組みを、お客様と社会にお届けする。それが私たちのAXの本質だと考えています。
<プロフィール>
田中 昭二(たなか しょうじ)
1991年三菱電機入社。国の基礎研究所での基礎研究を経て、2000年に三菱電機の研究所へ復帰。2013年に自動車機器事業本部へ異動し、自動運転などの先行開発に従事。その後、米国のスタートアップ(Cartken社)との連携によるUber Eats向け自動配送ロボットサービスの立ち上げなどを主導。2023年にDXイノベーションセンターの設立に合わせて異動した後、2024年2月に立ち上がったAI戦略プロジェクトを牽引。現在は全社的なAI推進の責任者を担う。

三菱電機製のエレベーターの実機がリデザインされた個室ブースにて
