CAXO Journal
EST · 2026

CAXOという肩書きを、なぜ私はつけたのか

AlphaDrive CEO・麻生要一が、新しい肩書を名乗ることにした理由

CAXOという肩書きを、なぜ私はつけたのか

寄稿:麻生 要一(株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO/CAXO)

肩書きとは、自分が何をやる人間なのかを、世界に向けて宣言する言葉である

名刺を作り直した日

2026年5月11日。
自分の名刺を作り直した。

肩書きの欄に、新しく一つの英字を加えた。

CAXO。
Chief AI Transformation Officer の略だ。

AlphaDriveの AI Transformation 事業である「AX for Revenue」の立ち上げにあたり、グループ経営の最高位である自らがその経営テーマを司るべきだと感じたからだ。

ただ、本当にこの肩書きを名乗るかどうかは、最後まで迷った。
CEOのままで、AI Transformation を管掌するという選択肢もあった。新しい英字を一つ増やすために、わざわざ名刺を刷り直す必要があるのか。世の中にはすでに、AIを担う経営者の呼称がいくつもある。CAIO(Chief AI Officer)、CDO(Chief Digital Officer)、CIOやCTOとの兼務──選択肢はいくらでもあった。

それでも、CAXOを選んだ。

本稿は、その理由の記録だ。

同時に、これは CAXO Journal という新しいメディアの創刊にあたって、編集主幹としての私から読者の皆さまへお届けする最初の一篇でもある。
媒体名そのものに CAXO という肩書きを冠した以上、なぜこの4文字なのかを、まず私自身の言葉で説明する責任があると思った。

CEOのままではダメだったのか

最初に向き合った問いは、こうだった。

CEOのままで、AI Transformation を管掌してはいけないのか。

結論からいえば、いけないわけではない。実際、世の中の多くの企業では、CEOがその役割を兼務している。それは正解の一つだ。

それでも私が CAXO を別に立てたのは、ふたつの理由による。

ひとつは、覚悟の宣言である。

肩書きを増やすという行為は、自分の時間と意思のうち、相当部分を一つのテーマに恒常的に張りつけるという、自分自身に対する宣言だ。CEOという肩書きは、定義上、会社のすべての経営テーマを包括する。だからこそ、その中の一テーマを「これは私が直接やる」と切り出すには、別の名指しが要る。CAXOという文字を名刺に加えた瞬間、私は AI Transformation という経営テーマから降りられなくなる。降りようとすれば、名刺を刷り直さなければならない。

これは、自分に対する不退転の宣言だ。

もうひとつは、求心力である。

経営テーマは、社内外に「最重要だ」と伝わったときに、はじめて人と資源が集まりはじめる。CEOが「いろいろやっている中のひとつ」として AI Transformation を語るのと、CEO自身が CAXO を兼ねて旗を振るのとでは、社内に発信されるシグナルの強度がまったく違う。

外に対しても同じだ。事業パートナーは、AI Transformation の話を誰と進めればいいのか、肩書きを見て判断する。CAXO という肩書きがそこにあれば、議論は最短距離で本質に届く。

CAXOは、対外的にも対内的にも、AI Transformation を最重要の経営テーマとして明確に切り出すための装置だった。

ここから少し、もう一段踏み込んで書きたい。

私はAIエンジニアではない

CAXOを名乗るにあたって、最初に自分に対してはっきり書いておきたいことがある。

私は、AIエンジニアではない。

アルゴリズムを設計できるわけではない。ニューラルネットワークの内部構造を最適化できるわけでもない。学術論文を読み解いて、最先端のモデル研究の最前線に立てる人間でもない。

その意味で、私は「AIの専門家」ではない

世の中で語られる Chief AI Officer ──CAIOという肩書きは、もともと、AIを技術として統括する経営者を指して使われ始めた言葉だ。CTO(最高技術責任者)の系譜にある。AIモデルの選定、AI基盤の整備、AI人材の組成、AI関連の研究開発投資の判断──こういった、技術領域の意思決定を担う立場の経営者が、世界中で CAIO を名乗るようになった。

これは、極めて重要な役割である。CAIOがいなければ、企業のAI活用は土台を失う。どのモデルを使うか、どのデータをどう扱うか、どんなセキュリティ要件を設けるか、どこに研究投資をするか──これらの判断を専門知見をもって下せる経営者の存在は、AI時代の企業運営において不可欠だ。

だから、CAIOという役職に対して、私には深い敬意がある。同時に、自分が名乗っていい肩書きではない、という畏敬もある

CTO、CIO、CDOに対しても同様だ。プロダクトの根幹を支えるテクノロジーの統括、情報インフラの統治、デジタル変革の推進──いずれも、技術と組織の上に成り立つ、本物の専門職だ。私は、そのどれにも資格を持っていない。

そして、ここがこの稿で書きたい肝心の話だ。

ならば、私が責任を負える領域とは、いったい何なのか。

「使いまくった人間」として

私が他の経営者に対して、わずかでも誇れることがあるとすれば、それは一つだけだ。

昨今のAIを、実践者として、誰よりも使いまくり、触りまくり、実践しまくってきたこと。

ChatGPTが、Claudeが、Geminiが、世に出た日から、あらゆる場面でAIを使い、アウトプットを重ねてきた。文章も。戦略も。新事業のプロトタイプも。プロダクトそのものも。イラストも映像も。それらを組み合わせた総合作品も。

最初は、おもちゃのようだった。
次第に、相棒になっていった。
いまは、私のアウトプットはAIなしには成立しないところまで来ている。

この実践の蓄積のなかで、ひとつ確信に至ったことがある。

AIをビジネスの現場に実装すること、特に「AIを使って創造的な何かをアウトプットすること」については、ただ単にツールを使って効率化するという以上の「手法」が必要なこと。

これは技術論ではない。アルゴリズムの話ではない。**「AIをどう使えば、ビジネス上の意味のあるアウトプットが生まれるか」**という、極めて実践的なノウハウの話である。

CAXO は、ここに立つための肩書きだ。

技術の専門家ではない。だが、AIを現場で「使い倒した」蓄積を持っている。その蓄積を使って、自社の経営テーマを動かしにいく──そういう立場を、私は自分のために用意したかった。

Transformation とは何か

CAXOというアルファベット4文字の中心には、ひとつの単語が据えられている。

Transformation。

CAIO = Chief AI Officer
CAXO = Chief AI Transformation Officer

CAIO の文の真ん中にあるのは AI だ。AIを統括する責任者──と読む。
CAXO の文の真ん中にあるのは Transformation である。AIによって何かを Transformation する責任者──と読む。AIは、その手段として位置づけられる。

だから、CAXOという肩書きが言いたいのは、こういうことだ。

CAXOとしての私の仕事は、AI自体を担うことではない。AIによって、自社の何かを Transformation することである。

そして、ここが本稿でいちばん書きたいところだ。

この Transformation とは、何のことか。

ちょっとした効率化ではない

世の中でいま起きている「AI導入」の多くは、効率化AIである。

すでに人間がやっている業務を、AIによって速く、安く、正確に回せるようにすること。経費精算の自動化、議事録の自動生成、コードレビューの加速、契約書チェックの効率化、社内問い合わせ対応の無人化──これらは、いずれも素晴らしい取り組みだ。

私は、効率化AIを否定するつもりはまったくない。むしろ、正しい仕事だと思う。

日本企業はもともと「磨き上げ」の文化を持っている。製造業のカイゼンに代表されるように、すでに存在する業務をミリ単位の改善で精度を上げていく営みを、世界のなかで類を見ないレベルで蓄積してきた。効率化AIは、この文化と相性が極めてよい。日本企業は、効率化AIの実装の質において、世界の上位に立てる潜在力を持っていると、私は本気で思っている。

だが、ひとつ率直に書いておきたい事実がある。

効率化AIには、必ず「踊り場」が訪れる。

私はこれを**Plateau(プラトー)**と呼んでいる。AIで業務の自動化を進めれば進めるほど、最初は劇的に効く。しかし、ある時点から、効きが鈍ってくる。「これ以上AIを入れる業務工程が見つからない」「あるいは見つかっても、効果が小さくて、入れる労力に見合わない」──こういう景色が、必ず、どの企業でも訪れる。

そして、ここで多くの企業が立ち尽くす。AIの採用率は上がったが、業績にあまりインパクトが出ていない──こういう声を、あちこちの経営者から、立て続けに聞いている。

これは、その企業のAI推進が下手だからではない。効率化AIをどれだけ上手に進めても、構造上、必ず到達する地点なのである。

Transformation とは、この踊り場の先にある仕事のことだ。

ちょっとした業務改善ではない。1割2割を削ることでもない。
自社の収益構造そのものを書き換える、破壊的なゲームチェンジを起こすこと。

それが、私が CAXO という肩書きの中心に据えたい仕事である。

収益進化AIシステム──ゲームチェンジを起こす方法

破壊的なゲームチェンジを、AIで起こす。

その手法を、私は 収益進化AI と呼んでいる。

収益進化AIは、効率化AIとは設計思想の側で別物だ。

効率化AIが「すでに人間がやっている業務」を出発点にするのに対して、収益進化AIは「まだ存在しない売上の作り方」を出発点にする。

効率化AIが「社内に蓄積された過去のログや文書」をデータとして使うのに対して、収益進化AIは「顧客接点から日々生まれてくる、まだデータ化されていない一次情報」を原材料にする。

効率化AIが「人間がやっている仕事を加速する」ことをAIに任せるのに対して、収益進化AIは「まだ誰もやっていない発見」をAIに任せる。

効率化AIが「工数削減率、コスト削減率」をKPIとするのに対して、収益進化AIは「新規顧客セグメントの開拓、ARPUの上昇、新事業の収益比率」をKPIとする。

そして、これがいちばん大事だ。

収益進化AIだけは、CEO自らが旗を振り、不退転で踏み込んだときにしか起動しない。

なぜか。

収益進化AIで使うべき原材料──私はこれを**PI(Primal Intelligence)**と呼んでいる──は、社内のどこにも書かれていないからだ。

ある営業担当者が「この商品はあと3割安ければ売れる」と感じている肌感覚。ある工場の現場リーダーが「この工程はAIではなく人がやるべき領域だ」と直観している境界線。あるブランドマネージャーが「来年の流行はおそらくこの方向に動く」と読んでいる予感。あるカスタマーサポート担当が日々の電話のなかで蓄積している「顧客が本当に困っているのは、じつはここではない」という違和感。

これらは、文書になっていない。データになっていない。だから、AIは知ることができない。

しかし、これらこそが、新しい売上を作るときの原材料になる。

そして、これらを掘り起こし、AIに注ぎ込み、収益構造の書き換えにつなげる──この一連の判断は、情報システム部門にもベンダーにも外部のコンサルタントにも丸投げできない。自社の現場のどの違和感を、どんな仮説とつないで、AIにどう注ぎ込むかという判断は、その会社の経営の意志そのものだからだ。

だからこそ、収益進化AIは、CEOが自ら旗を振ったときにこそ真価を発揮する。
だからこそ、CAXOというのは、CEOこそが担うことで破壊力を持つ肩書きなのである。

CAXOの仕事は、効率化AIの先にある収益進化AIシステムを、自社のビジネスに導き入れ、実装し、収益構造そのものを再設計すること。

これが、私が CAXO に込めた仕事の定義だ。

AlphaDrive 自身も、AXされる側にいる

ここまでは、事業パートナーの中に収益進化AIシステムを埋め込む話として書いてきた。だが、CAXOとして私が担うと決めた仕事には、もう一つの側面がある。

AlphaDrive 自身を、AXすること。

正直に書いておく。AIの能力進化は、私たちのような会社にとって、ある側面ではきわめて深刻な脅威だ。AlphaDriveがこれまで積み上げてきたものの中核は、ホワイトカラーの知的労働である。新規事業を立ち上げるノウハウ、戦略を組み立てる構造、現場に伴走する技術──これらの蓄積は、AIが急速に手にしていく能力と、正面から重なる。

つまり、AlphaDriveの核たる能力は、AIに奪われる側にある。

この事実を前にしたとき、企業の取りうる態度は二つしかない。

ひとつは、恐怖し、防御し、守りに入ること。
もうひとつは、自ら先んじてAIを取り込み、業態そのものを変革してしまうこと。

私が CAXO として引き受けたのは、迷わず後者だ。

恐れる側ではなく、起こす側に回る。
奪われる側ではなく、自ら脱皮する側に回る。
**AlphaDriveがこれまでホワイトカラーの仕事として磨いてきた領域に、自社で先んじてAIを実装する。**新規事業立ち上げのノウハウも、戦略構築の構造も、現場伴走の技術も、AIで包み直し、新しい業態として立て直す。

事業パートナーに「収益進化AIシステムを実装しましょう」と提案する以上、自分たちが先にそれをやっていなければ説得力がない。机上の方法論ではなく、自分の会社で実証した方法論として持ち込まなければ、それはコンサルティングの言葉のままで終わる。

CAXOを名乗ることは、AlphaDrive自身が変革される側であり、変革する側でもあるという、その両面の覚悟を引き受けることでもあった。

「私はこう考える」、という前置きを最後に

ここまで書いてきたCAXO論は、すべて私個人の見解である。

世界には、CAIOがCAXOと同じことをやっている会社もたくさんある。CDOが収益進化を主導している企業もある。CTOがその役割を担っている例もある。肩書きの形ではなく、誰が、どんな覚悟をもって、何に取り組んでいるかのほうが、本質的に重要だ。

だから、本稿の主張は「CAXO以外はダメだ」ではない。「CAIOではなくCAXOを名乗るべきだ」でもない。

私が言いたかったのは、ただひとつ。
自分が担うべき仕事の中心が「Transformation」にあると気づいた経営者は、肩書きをそのように立て直してみる価値があるかもしれない、ということである。
肩書きを立て直すと、自分の仕事の優先順位の付け方が変わる。社内での発言の重心が変わる。投資判断の基準が変わる。なにより、自分が誰の役に立とうとしているかが、自分自身にとって明確になる。

そして、CAXO Journal は、そういう**「肩書きを立て直した経営者」、あるいは「肩書きはまだ変えていないが、心の中ではすでに Transformation を担う覚悟をしている経営者」**のためのジャーナルである。

呼び名は会社によって違ってよい。CAIO、CDO、CDIO、CISO、CTO、執行役員、社長──それぞれの会社の文化と歴史に応じた、固有の肩書きがあるだろう。私はそのどれも尊重する。

だが、本誌では、彼ら全員を CAXO と呼んで紹介していきたい。

それは、彼らが**「Transformation を担う者」**として、業界横断で互いに学び合える場を作りたいからだ。そしてもうひとつ──「Transformation を担う」と決めた経営者は、自分一人で立っているのではなく、すでにこれだけの仲間がいるのだと、互いに知らせ合える場を作りたいからだ。

そのためにこそ、私は自分の名刺に CAXO を加えた。
そのためにこそ、私はこの新しいメディアを始めた。

CAXO Journal を、これからどうぞよろしくお願いします。

— 麻生 要一

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麻生 要一
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2026年5月12日12 min read